【体験談】稽留流産① ~当日編・症状はなかった~

稽留流産がわかった日

あの日は7月で、セミがうるさい土曜日でした。
ちょうど3連休で母と姉と甥っ子2人が遊びに来る日。

妊娠12週。
つわりが軽くなったこともあって、体も楽で。
仕事があったので土曜日に妊婦健診を入れていました。

お昼にみんなが来て、公園にある郷土料理店でご飯を食べ、甥っ子は遊具で狂ったように遊んでいました。

夕方になり、みんなは一旦ホテルで汗を流したい、ということでホテルに送迎。

その間に病院に行きました。

病院で妊婦健診・稽留流産の症状はなかった

この日の妊婦健診は、初めて超音波検査が「経腹式」になりました。プローブ(超音波入射装置)という機械をお腹に当てて超音波検査、子宮内を確認しました。
お腹に塗ったゼリーが、温かくて気持ちよかったことを覚えています。

検査していると先生が「動いていないね」と言いました。

ここで私は「?」と思いました。

そして、
「えっ」というか。
ゾッとするような。
頭が真っ白というか。
「そうなったか」というか。
「母になんて言おう」というか。

要はパニック状態。

前回、2週間前(9週)から成長していないとのことでした。

でもここまでは冷静に考えることができて。

手術は早めにということで、3連休明けの火曜日に手術と即決しました。

その後、なんの検査かわからないまま採血をして、「つわりが軽くなったのはこういうことか」などと思いながら、ポロポロ涙が出ました。

お会計のときに、ロビーにはもう誰もいなかったのが、ある意味幸いでした。
車に乗り、涙を流しながらLINEで姉と夫に流産を伝えました。

母と姉を拾って帰宅

そして、ホテルに戻り母と姉たちを拾い、スーパーへ行き、夕食用のお惣菜を買いました。
(予定では、お惣菜とピザを頼んでみんなで食べようと思っていた)

車で待っていたのですが、ぼーっと外を眺めていたら、
おそ松さんの六つ子のTシャツを来て、子供を抱いて歩いてくる男性がいるな

と思ったら、実はそれが姉で…というのが、つらい中でもおもしろくて思い出に残っています。
こんなときでもこんな余裕があるんだな、と。

お寿司やらカップ麺を大量に買い込んでくれて、涙を流しながら帰りました。

車の中で話をして、このあと母と姉はホテルに戻り、明日はそのまま家に帰るということになりました。
(これは私を気遣っての行動なので、冷たいわけではありません。)
私の家の隣には、義父母の母家があるので、母と姉は挨拶をしてサッと帰りました。

義父はスイカを持ってきてくれて、私は「流産をしてしまって、手術です」と泣きながら伝えたような気がします。

残った夫と私で、お寿司とカップ麺を食べ、思い出すようにして泣き、夫はそれを見守ったり、そっとしたり、なんやかんやで1日は終わり、眠りました。

稽留流産の事実に泣く

次の日、まんが喫茶でランチを食べ、時折泣いたりして、ジャンプを読んでいました。
そうすると母から電話が。
何を言われたか忘れましたが、優しい言葉かけに泣いたりしながら、電話を切りました。

その後も泣いたり、泣き止んだりを繰り返し、1日は過ぎていきました。

稽留流産の経験から・妊娠は甘くない

そんなことで、妊娠というものは確実なものではないのだな、と身にしみました。
でも「子供がほしい」気持ちがあれば、流産の可能性もさけて通れない道なんだと。
「次も稽留流産あるのでは?」とは思いますが、落ち着いた今は自分にはどうにもできないこともある、と、思うことにしています。

この経験がなかったら「妊娠なんてチョロい!」くらいに思ってたかもしれません。

▼ 続き
稽留流産の体験談② ~手術編~

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